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龍谷大学法学部同窓会 同窓会沿革
 
龍谷大学法学部同窓会 沿革 「龍谷大学法学部同窓会の歴史」
 
沿革1968年、1969年 1968年(S43年)・1969年(S44年) 沿革1970年、1971年 1970年(S45年)・1971年(S46年)
沿革1972年、1973年 1972年(S47年)・1973年(S48年) 沿革1974年、1975年 1974年(S49年)・1975年(S50年)
沿革1976年、1977年 1976年(S51年)・1977年(S52年) 沿革1978年、1979年 1978年(S53年)・1979年(S54年)
沿革1980年、1981年 1980年(S55年)・1981年(S56年) 沿革1982年、1983年 1982年(S57年)・1983年(S58年)
沿革1984年、1985年 1984年(S59年)・1985年(S60年) 沿革1986年、1987年 1986年(S61年)・1987年(S62年)
沿革1988年、1989年 1988年(S63年)・1989年(H1年) 沿革1990年、1991年 1990年(H2年)・1991年(H2年)
 
  沿革1968年、1969年

1968年  龍谷祭のテーマ:

「はばたけ未来へ」

  降誕会のテーマ: 「祖師に聞く」
1969年  龍谷祭のテーマ:

「日新又日新」

  降誕会のテーマ: 「祖師に帰れ」
 



法学部設立、文化系総合大学として新たなスタート。
硬式野球部が関西六大学春季リーグで優勝。
城陽寮、深草学舎15号館が竣工し、8号館が失火により消失。
7月に行われた羽仁五郎氏の講演と前後して学園紛争が起こる。
パトカー襲撃事件が起こり、全共闘が六項目の公開質問状を提出し、大衆団交を要求。龍大生約二千人が学長僧籍必要論をめぐり西本願寺へデモ。
その一部が西本願寺御影堂に乱入。深草学舎で大衆団交が行われ、深草学舎を
50日にわたり封鎖した。
 

 
  沿革1970年、1971年

1968年  龍谷祭のテーマ:

「展望」

  降誕会のテーマ: 「祖師とわたし」
1969年  龍谷祭のテーマ:

「怒濤乃響」

  降誕会のテーマ: 「永遠の親鸞」
 








学園紛争が下火になるも学長が不在。この間、坂本慶一、二葉憲香、武邑尚邦、川崎恵璋、遊亀教授の五氏が学長代行を務め、学部長選挙が学生参加方式になる。
学舎の建設ラッシュが始まる。深草学舎17号館、大宮学舎東黌、西浦女子寮、大学全体のうるおいとくつろぎの”ひろば”として会議室・学館大ホール・購買店・食堂・喫茶室
などが設けられた学友会館が順に竣工した。
アメリカ軍のキャンプ施設後に体育館が完成。
「社会科学研究年報」創刊。
第23回朝日レガッタでボート部発優勝。
 

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  沿革1972年、1973年

1968年  龍谷祭のテーマ:

「開眼」

  降誕会のテーマ: 「我顧親鸞」
1969年  龍谷祭のテーマ:

「新しい歴史の創造に学問の力を」

  降誕会のテーマ: 「遠慶宿緑」
 





学費値上げの反対運動が起こる。その反面、受験者数が2万人を突破。
深草学舎図書館の竣工が行われ、文化系総合大学となる。
西浦男子寮が封鎖。
創立330周年記念式典開催。
10号館跡地、深草図書館の向かいに記念の森がつくられた。
 

 
  沿革1974年、1975年

1968年  龍谷祭のテーマ:

「流れるときの中で」

  降誕会のテーマ: 「現代社会における人生観」
1969年  龍谷祭のテーマ:

「転生の時を刻め」

  降誕会のテーマ: 「混沌たる時代の闇を切れ」
 








千葉乗隆、中川浩文の両氏が学長事務取扱に。
大宮学舎西黌、食堂や購買店を設けた清和館が竣工。
龍大12年計画が発表。その骨組は国庫助成金の大幅増額と授業料へのスライド制適用によって財源を確保し、12年後には国公立大学なみの教学条件を整えようとするものである。
昭和49年、龍谷大学教授団靖国法案即時撤回を要求する声明を発表。
昭和50年、経済学部で推薦入学試験を実施。
 

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  沿革1976年、1977年

1968年  龍谷祭のテーマ:

「時が僕たちを追い越しちゃった? [凝視めよう、
今この時を]」

  降誕会のテーマ: 「闇からの飛翔」
1969年  龍谷祭のテーマ:

「模索は始まっている・・・[彼方にあるものを求めて]」

  降誕会のテーマ: 「はばたけ親鸞と共に!!」
 







大宮学舎正門改修。
ボックス会館である柴朋館の隣に竣工。
旧南寮およびサークルボックスが廃止される。
受験生が3万人を突破。
アンチ偏差値、アンチモラトリアム学生的なノリで龍大OBが描く「嗚呼!花の応援団」が生まれる。
昭和52年、特別研修講座、国際交流委員会発足、第1回「龍谷講座」開講。
 

 
  沿革1978年、1979年

1968年  龍谷祭のテーマ:

「敢然燃焼」

  降誕会のテーマ: 「虚心坦懐〜わが道をゆく」
1969年  龍谷祭のテーマ:

「勇往邁進」

  降誕会のテーマ: 「無碍の一道」
 







2年の歳月と約18億円をかけての柴英館の完成。
昭和54年、学友会に転機が訪れる。6月20日、全学生大会が出席者2288名を集めて
体育館で行われ、昭和49年以来続いた「二つの学友会」が実質的に統合された。
昭和53年、国際交流委員会による国際セミナー開催。
昭和54年、社会学研究所発足10周年を記念して「社会科学研究叢書」が創刊。
カナダのカルガリ大学、アメリカのカリフォルニア大学サンタ・バーバラ校、パシフィック大学、ハワイ大学マノア校の4大学と学生交換協定を結ぶ。
 

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  沿革1980年、1981年

1968年  龍谷祭のテーマ:

「飛龍猛進[龍とぴあ、80in深草]」

  降誕会のテーマ: 「親鸞に還れ」
1969年  龍谷祭のテーマ:

「心に熱い何かを持つ時」

  降誕会のテーマ: 「我顧見真」
 






講義ノートのコピー化が普及。例年に比べ、コピー量が2倍に増え、以後試験対策に
この方法が定着。
昭和55年、ポーランドのワルシャワ計画統計大学と交換研究員協定を結ぶ。
第1回スポーツ統合定期戦開催。
昭和56年、仏教文化研究所20周年記念講演会開催。
経済学部20周年記念式典が開かれる。
 

 
  沿革1982年、1983年

1968年  龍谷祭のテーマ:

「熱烈・熱涙・響けよ永遠に」

  降誕会のテーマ: 「風雪の御跡」
1969年  龍谷祭のテーマ:

「無極の祭典8,000火の玉・龍の叫び」

  降誕会のテーマ: 「如是我聞〜親鸞に集えよ、親鸞に感じよ」
 







下宿生活が高級化
ムーミン館と呼ばれていた大宮学舎の「白亜館」の取り壊し。
深草学舎から6.5kmの地点に「南大日グラウンド」が完成。
若い学生に混じり、作家・五木寛之氏が聴講生として席を並べた。
昭和57年、大学院経済学研究科・修士課程、経営学研究科・修士課程を開設。
昭和58年、社史の集大成「長尾コレクション」を取得。第1回海外英語研修講座ハワイ
夏季集中講義が行われる。
 

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  沿革1984年、1985年

1968年  龍谷祭のテーマ:

「情熱学基礎講座」

  降誕会のテーマ: 「生きる〜自分の後姿が見えますか」
1969年  龍谷祭のテーマ:

「祭典民族学大集合」

  降誕会のテーマ: 「響け十方に」
 











新龍谷方式の入試を実施。一般入試の他に指定校推薦や論文入試を採用。
硬式野球部が17年ぶり2度目の大学野球の全国大会である神宮球場に出場、準々決勝進出を果たす。
昭和59年、創立340周年記念として、また龍谷大学の象徴として「顕真館」、建設中B棟と呼ばれていた「柴朋館」、大宮学舎の西黌が竣工。
大学院文学研究科・博士課程に社会学・社会福祉学専攻を開設。
中国・中山大学と研究員交換協定を結ぶ。
昭和60年、第1回「龍谷洋上セミナー」で約600名の学生・教職員が中国・上海に渡り、
上海の5大学と交流。
経営学部20周年式典開催。
 

 
  沿革1986年、1987年

1968年  龍谷祭のテーマ:

「感動の時代が今、はじまる」

  降誕会のテーマ: 「出会い」
1969年  龍谷祭のテーマ:

「熱気充満大爆発[やめられません自己主張]」

  降誕会のテーマ: 「鼓動」
 








昭和62年、宗教系の私立大学で、ともに創立350周年えを迎える龍谷大学とハーバード大学が日米国際シンポジウムを開催。
テーマは「日本とアメリカにおける企業と政府の関係・日米比較」
深草学舎16号館新館(現2号館)、柴陽館竣工。旧西浦女子寮を改装、龍谷会館
オープン。留学生のための寮へと姿を変える。
法学部20周年記念式典開催。
第2次長期計画がスタートし、瀬田学舎の校地受け入れ、起工式。
 

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  沿革1988年、1989年

1968年  龍谷祭のテーマ:

「喜怒哀楽製造工場[ボクらの感性高気圧]」

  降誕会のテーマ: 「よろこび」
1969年  龍谷祭のテーマ:

「すてきだいすき」

  降誕会のテーマ: 「今遇う」
 









琵琶湖に面した森の中、20ヘクタールをこえる広大な敷地に、コンピュータをはじめとした先端技術を駆使した最新のインテリジェントキャンパス・瀬田学舎の誕生。
創立350周年記念式典開催。
昭和63年、深草学舎・3号館竣工。
理工学部数理情報学科・電子情報学科・機械システム工学科・物質化学科、社会学部社会学科・社会福祉学科設置許可を文部省より受ける。
平成元年、入試で受験者数が5万人を突破。
瀬田学舎が開学。理工学部と社会学部を開設、両学部合わせて691名の入学者。
 

 
  沿革1990年、1991年

1968年  龍谷祭のテーマ:

「ここで心呼吸」

  降誕会のテーマ: 「成長」
1969年  龍谷祭のテーマ:

「キャンパス」

  降誕会のテーマ: 「まごころ」
 








平成3年、深草学舎4号館竣工。トイレの水道から水をだすための栓が消え、代わりに
蛇口の下に手を入れればセンサーの働きで水がでるようになった。
地下1階には味を追求した生協食堂がオープン。学館、3号館とある生協の中でもっと
も値段の張るメニューが顔をそろえた。
1号館前の道が閉鎖され図書館書庫増設工事が始まり、大宮学舎では清和館、本館、そして北黌はその校舎全体を持ち上げての改築が始まる。
校友会では、平成2年より社会に貢献した校友に「龍谷賞」、業績をあげ将来を渇望される校友に「龍谷奨励賞」を創設。
 

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